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淀江は日本の中心地だった。たぶん。

というわけで
10月28日に淀江を旅してきました。

これを単に車を使うのはフェアではないので
観光客の皆様と同じ条件で
公共交通機関を使って巡ってまいりました。

まず、淀江町を軽く紹介します。

淀江町は米子の中心地から東にあり
1990年辺りまでは
石馬と名水の街というフレーズでおなじみでした。
また古墳の街ということでも知られていました。

しかし、1991年に上淀廃寺が発見され
1998年には歴史的発見となる
日本最大の弥生時代の遺跡群である
妻木晩田遺跡が発掘されるなど
日本の歴史上重要な発見が相次ぎました。

2005年に旧米子市と合併し
現在は米子市淀江町となりました。

そんな淀江町を満喫するべく
朝から出かけました。

9時26分米子駅発山陰本線倉吉行に乗車し
9時42分に淀江駅に到着します。

IMG_3239.jpg

一つご説明します。
左がトイレです。右が駅舎です。
駅舎よりもトイレが大きいのです。
(その昔は立派な駅舎があったんですが・・・)

そこから淀江町のコミュニティバスである
どんぐりバスに乗るんですが
10時38分発なんです。

時間が余ります。

そこで何かないかと探しました。
ありました。

和傘伝承館です。
調べると開いているようなので
寄ってみました。

ここで淀江の傘について少し説明します。
淀江は洋傘が普及する前までは
和傘の生産で有名でした。
最大で年間17万本作っていたと言われます。
和傘には乾かすという作業が必要なのですが
その乾かす作業を淀江の海岸で行っていました。
最盛期には1万本もの傘が淀江の海岸を埋め尽くしていて
海水浴のとなりで傘が並ぶという光景もあったようです。

IMG_3667.jpg

テレビの取材をされてました。
岡山放送さんが取材にこられていたようです。

なのでしっかりとみることができず・・・。

しかし、待ち時間の見学としてはちょうどよいのではないかと思います。

もう少し歩くと淀江中央公民館があります。
そこでこのような石碑が。
IMG_3243_20151103153954bee.jpg
村田晋という方の石碑があります。
石碑の後ろを見ると戦前の文語体の文章の中に
奇兵隊という文字が見えます。

さて、どういう人物なのでしょうか?
と思っていたら
偶然、淀江の魅力発見の会の田中秀明さんと会ったので話を聞くと
実は大変な人物であったことが分かりました。
これはまた別の機会でご紹介したいと思います。
米子、淀江には大変な偉人が数多くいるのです。

というわけで前編は終了です。
この後中編、後編と続きます。

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Author:米子市観光案内所
鳥取県の西の端、山陰の玄関の米子駅にある米子市観光案内所です。旬な観光情報はもちろん、観光地や歴史など米子の情報をお届けします!

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